師範の★★

三味線やおどりは流派や流儀によってしきたりや習わしがあるように、
師範取得(先生の資格)にも、決まり事があるようです。

国家資格や民間の専門学校のようにパンフレットがあって、
細かく説明が表示されていないのもこの世界の特徴のようです。
お稽古にしばらく通っていると、なんとなしに
『名取』や『師範』を取得される人が先輩にいらっしゃって、
雰囲気でどんなものか伝わってくるように思います。

そのあいまいさからよく、
『誰でもとれる』とか『お金で取れる』
などと、陰口を叩かれたりまします。
もちろん、お月謝やおさらい会、お勉強などのおつきあい、
いろいろな費用も当然かかります。
それに加えて、定期的にお稽古に通う労と、芸事に真摯に取り組むモチベーション、
お稽古場でのお師匠さまはじめ先輩、後輩との良好な人間関係など
人間的な勉強も不可欠です。

だいたい3年で芸名の頂ける一人前の名取、
それから本人の希望や努力次第で先生の資格である師範、
というのがほぼ一般的のようです。

ここでは、私が取得した名取、師範の経験を何かの参考までに。

【おどり 名取 師範】
名取、師範双方ともに課題曲による試験があります。
厳しい試験のあとには、華やかな舞台や名披露目の新年会パーティへ。
新年会でお披露目日本橋劇場舞台風景
【財団法人春日会(小唄三味線) 名取 師範】
お名取は御師匠様のご推薦とご本人の意欲などによります。
師範は課題曲による弾きうたい式の試験があります。
(私の流派のおどりは名取取得後三年間のお勉強が必須です)。

名取師範裏側
芸名の裏には取得年月

小唄の名取りは、お師匠さまから頃合いを見計らって、
『そろそろ名取を取りませんか?』
とのお声をかけて頂きます。
あとは、住所氏名、希望芸名を記入しての申し込む事務手続きと
必要経費を直接御師匠さまへ振り込みました。

名取は上野桜木町の春日会舘での式典に参加して
栄芝会長様や大先輩たちとの記念撮影後、先輩やお仲間たちからの宴席で祝福されます。
私のときは3名の名取と、1名の改名で合計4名の名取を取得しました。

師範は実技試験があります。
同じく上野桜木町の春日会舘で課題曲を弾き唄い(ひとりで三味線を弾きながら唄う)します。
『落ちる人はいるんですか?』
という、気になる同胞からの質問もあって、やや緊張。

もともと、弾き唄いしないのでなお、緊張。
なんでこんな長いやつ(『打ち水』は2ページ弱でそれでも、1分少しですが、課題曲の中では最長)
長いの暗譜するの嫌いで、
小唄にレッスンに来たはずなのに、おかしい?
実際にやってみると、私には
いちばん短い『逢いたい病』の方が唄が難しかったりします。
もっと難しい唄が『梅一輪』かなと思います。

ここだけのお話、小唄はもともと、
芸の玄人さんたち(清元など)の遊びでできた
お座敷の余興なんていわれて、低くみられますが、
何の下地もない私のような素人が習得するには相当の努力が必要です。

消去法でいって、『打ち水』に。
『まぁ、あなたはお三味線だから演奏が長い方がいいのよ』
という、お師匠さまの励ましのお言葉を頂きひたすらレッスンしました。

『もとい』(はじめから、という意味?)
とやり直しする事なく、演奏し、無事記念撮影へ。
晴れて、名取師範を取得しました。

目標を持ってお稽古するのはとてもよいものです。
こんな時代ですから、いつどんなとき何が役立つかを見極めておくのも大切ですね。

そして、今だからお話しできる、私自身のお恥ずかしい経験ですが、
安易に趣味をかねた独立開業を目指して医療系国家資格の学校に一年半通いました。
学費が高額で、働きながらなんとかやりくりしていました。

ところが、まずデフレ不況で働いていたお店は、
月給制から仕事のある時だけの勤務へ(月2〜3日)。
これでは、学費が厳しいため派遣のお仕事に切替えました。
当初は3年程のプロジェクトのため、
卒業までようやく凌げそうな期間の契約でした。

ところが、派遣先の都合でわずか一年で『ハケン切り』にあってしまい
途方に暮れた夏休み、御師匠様から
『こっち(小唄)でやってみたら?』
と、アドバイスを受け現在に至ります。

途中、入院/手術/治療/療養のため店舗兼お稽古教室を
閉めざるえなくなったのですが、
リハビリしながらも自宅で、またお三味線に復帰することもできる
小唄でよかったなと、つくづく思います。

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